日本の EC 業界の歴史を、当事者たちの証言で記録していく『 あんときの EC 年代記 』。今回フォーカスする時代は、UNITED ARROWS ( ユナイテッドアローズ ) や BEAMS( ビームス )といった大手セレクトショップが自社 EC を続々とスタートさせていく黎明期の後半。
お話をお聞きしたのは、この時代に大手セレクトショップをはじめとするアパレル企業の自社 EC 支援を一手に担っていたスタートトゥデイ・コンサルティング( STC )に在籍し、その最前線で EC 支援をしていた嶋袋圭太さん。
109系のレディースブランド、DURAS ( デュラス ) の EC 責任者として STC と自社 EC の運営に取り組み、その後は元 STC のメンバーと起業するなど、STC との縁も深かった編集長の野田が嶋袋さんに当時のリアルをお聞きしました。破竹の勢いで成長していった STC の仕事ぶりやアパレル EC 発展の軌跡、そして長年の謎だった STC 終了の経緯の真相が明らかに!
嶋袋 圭太 株式会社 Blendwell 代表取締役
沖縄県出身。アメリカの大学を卒業後、エンジニアとしてキャリアをスタート。その後、有限会社スタートトゥデイに入社。デジタルマーケティングや EC 運営の経験を積む。2018年9月、株式会社 Blendwell を設立。
「 社会や空間、時間とほどよく混ざり合う 」をコンセプトに、ファッションブランドや自治体等のデジタルマーケティング、EC コンサルティングを主軸とした事業を展開。近年では、沖縄県今帰仁村のウェルネス拠点「 Awayk( アウェイク )」のプロデュースや、老舗和食店「 米や松倉 」の事業承継を行うなど、デジタルとリアルを融合させた地域価値の創造に取り組んでいる
「 ECの本質を学びたい 」と、ZOZO ベース ( = 倉庫 ) から狭き門をくぐって STC へ

まず、嶋袋さんが ZOZO に入社したときのことからお聞かせください。いつ頃、どの部署に入社したのですか?

僕が ZOZO に入社したのは、2010年6月です。最初は社員ではなく、準社員という形での入社でした。ZOZO ベースの撮影部隊に配属され、モデル撮影や小物撮影をやっていました

この業界で活躍されている方で、ZOZO ベースの出身者って結構多いですよね

そうですね。僕が入ったときには、まだ西巻さんが ZOZO ベースを管轄していて、これから本社の方へ異動するというタイミングでした。僕はその後、1年半ぐらいで ZOZO ベースで働いてから STC に異動しています
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ということは、スタートトゥデイが東証一部へ市場変更 ( =2012年2月 ) する少し前ぐらいのタイミングですね。STC への異動はご自身の希望だったんですか?

はい、そうです。実は ZOZO に入社して間もない頃から STC で働きたいという気持ちが強かったんです。というのも、ZOZOTOWN の仕事は「 運営 」がメインで、個々が受け持つ作業もすでに細分化されていました。ですので ZOZOTOWN の組織の中だけにいると、EC サイトの本質までたどり着けないのでは、という思いがありました。
一方、STC はユナイテッドアローズさんやビームスさんといった日本を代表するセレクトショップと一緒に、EC サイトを0から1にして、そこから10、100へと伸ばしていくフェーズを全部お供できます。まさに「 ECとはなんぞや? 」というところをしっかり学ぶことができる。ですので STC に入ってスキルを積んで、将来的には独立したいという思いが最初からありました
日本を代表するセレクトショップの EC を 0 から 100 へと伸ばす STC の仕事とチーム

実際に STC に入ってみてどうでしたか?

僕が異動した時点では、運営チームとして 7 名ぐらいが在籍していて、システム担当を入れると、12〜13 名でしたね。ただシステム担当は STC だけを見ているというよりは ZOZOTOWN と STC の両方を見ながらやっていたので、純粋に運営チームとしてやっているスタッフとなると、10名いないぐらいだったと思います

その時点ではどんなブランドを支援していたのですか?

ユナイテッドアローズさん、オンワードさん、ビームスさん、シップスさん、ナノユニバースさん、ヒステリックグラマーさん、伊勢丹メンズさん、などですかね

サザビーリーグさんの支援もやってましたよね

そうですね。当時、サザビーリーグさんで EC 運営されていた相川さんとは、相川さんがまだ前職にいた頃からお仕事をご一緒させていただいていました

相川さんはめちゃくちゃメディアに出られていましたよね。もうファッション EC =相川さんという感じで。担当としてはプレッシャーに感じる面もあったのかもしれないけど、面白さも大きいでしょうね

僕はもともとアメリカの大学でプログラミングを専攻していたこともあって、システム構築の話など、相川さんとすごく話が合ったんです

ディレクター的な立場でプログラミングもできるというのはとても貴重ですね

それもあって STC では新規ブランドの立ち上げ窓口や営業から引き継いで実際にサイトを構築していく部分を受け持っていました

嶋袋さん自身はどんなブランドを担当されていたのですか?

ユナイテッドアローズさんをメインに、シップスさん、ヒステリックグラマーさん、それとPUMA ( プーマ ) さんを担当していました。プーマさんは立ち上げから関わっていて、営業フェーズからご一緒させていただきました。あとはサザビーさんも少し担当していましたね

それだけ担当するのは大変ですよね?

結構大変でした(笑)

ちなみに当時の STC の構築って、どのような感じだったのですか?

ざっくり言うと、フルスクラッチでサイトを構築する「 松 」プランと、既存案件のフォーマットをベースに一部カスタマイズした「 竹 」プランの2種類があって、予算に応じて提案を変えていました。既存案件ベースであれば比較的お安くスタートできますよ、という感じで

それなりの費用が出せる会社となると、そう多くはないですもんね

そうですね。最初は大手が多かったので比較的予算がある会社が多かったのですが、規模が小さくなっていくと、金額がネックになるケースが増えてきて。それで最終的には、EC の基本的な機能しか装備していない「 梅 」プランも出しました。やっぱりバックオフィス機能も活用しているので、費用面では他社に比べると少し割高だったかもしれません

システムも独特でしたよね。TO と JO って分かれていて

そうなんです。バックオフィスの管理システムをベースに改良したのが TO と JO で、TO が商品マスタや在庫系の管理、JO が自社ECの管理画面という使い分けになっていました。ただ、この使い分けが、クライアントからするとちょっと難しかったかもしれないですね。「 これは JO ですか? TO ですか?」という質問がお客さんからよく来ていて、最初のうちはみんな迷っていましたね

そうなんですね。「 商品マスタなどは TO 、フロントのコントロールは JO 」ってのは、設計者の意図がすぐに感じ取れて、ボクは直感的で分かりやすかったですけどね。
ただ、ちょっと気になったのは、当時はフルフィルメントが主流だった中でブランド側が自分で登録や運用をしなければいけないということに対して、抵抗なかったのかなと。たとえば、バナーのデザインを自社でやるとか、メルマガもそうだったと思うんですけど

あったかもしれないですね。たとえばフルフィルメントの部分だと、合わせ買いの設定だったり、キャンペーンのタイミングでノベルティを同梱してほしいという要望があっても、倉庫が ZOZOTOWN と共有なので、「 このノベルティを入れる・入れない 」という設定が難しいんですよ。要は、自社 EC でお客さんとの ONE to ONE をもっと細かくやっていきたいという流れになったときに、在庫一元管理のメリットと、そのデメリットが如実に出てしまう

ギフトラッピングに関しても、ギフトラッピングの包装資材を別売りで販売して、「 自分で梱包して渡してね 」という対応でしたよね

今思うと苦肉の策でしたけど、本当によくやっていたと思います(笑)。ギフトラッピングをやりたいと言うと、ZOZO ベース側から「 そんなのインフラに組み込めないよ。1回認めちゃったら、どこもやりたいって言うじゃない 」ってなるので。ですので、社内でもフルフィルメントのメンバーと STC のブランド担当者で、だんだん目線が合わなくなってくる部分はありました
「 ユナイテッドアローズが先陣を切り、各社が追随する 」という定番サイクル

嶋袋さんが STC に在籍されていた時期って、自社 EC としてできることが広がっていく時期でしたよね。そうしたなかで、特に STC として何か大きな変化を感じたタイミングってありましたか?

STC としての大きな変化で言うと、やっぱり在庫一元管理が大きかったと思います。その一環として店頭在庫を EC から見られるようにするという取り組みもあり、ユナイテッドアローズさんで1番最初にやりました

ポイント一元化も含めて、かなり早い取り組みでしたよね

STC 内でも「 やるべきことだよね 」という話が頻繁に上がっていたのでユナイテッドアローズさんとテスト的に取り組んだのですが、リリースに向けては本当に大変でした。でも始まったら「 うちもやります 」「 うちもやりたい 」と立て続けに依頼が来て、どんどん広がっていきましたね

SCS ( =ストックコントロールシステム。ダイヤモンドヘッド株式会社が提供している在庫連携システム ) での ZOZOTOWN 連携は《 あんとき 》のファッション EC 担当であれば誰もが憧れるであろう座組でした

前から言われていたことが、この時期になると STC 側でようやく実装できる状況になったというのが正直なところですね。ユナイテッドアローズさんだけはテスト的に SCS で ZOZOTOWN ともつなげたのですが、これが正式にリリースできれば、他のブランドからもそうした要望も出てくるというのは読めていましたし、EC としてのトレンドもそこに向かっていました

他にも新しい試みってありましたか?

バーチャサイズのようなバーチャルフィッティングもユナイテッドアローズさんが先陣を切って取り組んだサービスでしたね。自分のサイズを登録すると、その服のどのサイズが自分に合うかがわかるという今では当たり前の機能ですが、当時はまだ知る人ぞ知るサービスでした。そういう外部システムを自社 EC に取り入れるという試み自体が、当時はなかったですし、連携させるためにシステムを大きく組み直さなきゃいけなくて結構大変でした

たしかに《 あんとき 》は 「 SaaS で足りない部分を補う 」というのが、まだまだ浸透していなかったし、そもそも選択肢も限られていましたよね

そうですね。だからバーチャサイズもユナイテッドアローズさんが導入した後に、他のブランドさんから「 入れたい、入れたい 」というお声をいただくようになりました。当時はユナイテッドアローズさんの後を追随するサイクルで業界が回っていた気がしますね

他に変化したことはありますか?

あとはやっぱりデザイン面での差別化ですかね。当初は3カラム方式が一番購入率が高いインターフェースということで、このスタイルを定番化していたのですが、それとは違うデザインをブランドさんが徐々に求めるようになっていったという流れがありました
初期 STC で定番だった3カラムデザイン。こちらは当時のユナイテッドアローズの EC サイト

ボクがデュラスにいて STC にリプレイスするときも ( = 2012年 )、3カラムの標準フォーマットじゃなくて、ワイヤーフレームから自分たちで設計できないか相談させてもらいましたよね
デュラスが STC にリプレイスした際のデザイン。6つあるバナーの右下は、後にZOZOTOWN のグループ入りする iQON 。懐かしい!

そうですよね。デュラスさんはかなり早かったと思います。デュラスさんが独自デザインにこだわってリニューアルしたのを他のブランドさんが見て「 うちもそろそろリニューアルしたい 」という依頼がどんどん来た記憶がありますから。機能面だけじゃなくて、デザインも含めた総合的なリニューアルが一気に増えたタイミングでした

EC を始めたばかりの頃は標準フォーマットに従っていたけど、だんだん他社とは差別化したいという流れが強くなっていったわけですね

そうですね。この時代はそういった差別化ムーブメントみたいなものが巻き起こっていました。この当時を思い起こすと、ずっとリニューアルの話ばかりしていた記憶がありますから
伸び続けるクライアントの自社 EC と ZOZOTOWN との関係性

この時期、STC はクライアントも順調に増えていって、会社としての勢いがどんどん増していったタイミングにあったと思うのですが、一方で、クライアントの自社 EC が伸びれば伸びるほど、ZOZOTOWN との間で在庫の取り合いになるという側面もあったと思います。そのあたりはいかがでしたか?

そうですね。どこも「 ZOZOTOWN で売るより自社 EC で売りたいよね」というお声は当然ありましたし、オンライン上での接客の熱量も ZOZOTOWN より自社 EC の方が高いわけです。そういうことが時が経つにつれ、どんどん如実に表れるようになっていきました。また、STC がクライアントの要望に応えていくことで、” ZOZOTOWN ではできないけど、自社 EC ではできること” も多くなってきましたし

先ほどお話にあがった外部ツールの導入や独自のデザインの話もそうですし、自分たちで撮影したモデルカットの登録ができるようになったりと、できることの幅が広がっていきましたよね

そうなんです。同じ EC サイトでも、ZOZOTOWN と STC が支援する自社 EC でマーケティングに対するアプローチの差がどんどん広がっていきました。自社 EC の成長余地がまだまだ大きい時代だったこともあり、STC が急激に伸びていきましたね

STC の目線からすると、それが “正義” なわけですよね

僕らからすると、クライアントの自社 EC を伸ばす = クライアントに喜んでもらえる =STC の売上も上がる、という構図ですから。なので、僕らが目指していたのは、あくまで STC が支援しているクライアントの売上を伸ばすことでした

当然、すべてを担当していく STC 側の人材と、担当できっちり区切られた ZOZOTOWN ではスキルの差もでてきますよね

STC は言ってみれば、一人ひとりが小さな ZOZOTOWN を担当しているようなものなので、クライアントの自社 EC を 0 から 100 にどう伸ばしていくかを全部見なきゃいけない。クライアントとのコミュニケーションも密になりますし、やることも多ければ、問題も多い。そうした問題を解決して次の施策へつなげていくという課題解決もやっていかなければなりません。
一方、ZOZOTOWN は作業が細分化されている分、ある意味、職務の幅は限定的です。STC の仕事の方が責任やリスクが大きい分、成長スピードやリテラシーの向上が段違いに早かったというのはあると思います
今だからこそ明かせる、絶好調のまま突然終わった STC の解散理由と前澤さんの一声

実際、ボクも取引をしていて当時の STC ってかなり絶好調な状態にあったと思うのですが、そうした中で突然終わってしまったというイメージがあります ( =2013年8月に株式会社スタートトゥデイに吸収合併 ) 。社内では事前に STC が終了するといった話はあがっていたんのですか?

それが、まったく予兆なく、突然といった感じでした

その前に「 STC をもっとこうしたらどうか 」みたいな方向性を修正するような話もなかったのですか?

全然なかったですね。本当に直前の直前まで攻めることしか話していませんでした。予算も高いところで持っていましたし

突然、終了するという話を聞いたときって、どんな感じだったのですか?

今でも覚えているのですが、STC では毎週月曜日に定例会を開催していて、各クライアントの担当者が直近の状況を報告をするんです。その定例会のときに「 今日は先に話さないといけないことがある 」という感じで話が始まりました。
その内容が「 実は会社がこれから目指していく方向性との違いから STC が解散することになります 」という話で……。加えて「この話は STC のメンバーだけに留めておいてほしい 」とのことでした。突然の話で、そのときは何も言える状況になかったですね

確かに、それが外に漏れるとクライアント側が慌てますもんね

そうなんです。まだこの段階では、クライアントへの告知をどうするか、リプレイス先をどう決めてもらうか、できるだけ迷惑をかけないようにするにはどうするか、という段取りが何も決まっていない段階ですので。だから「 解散する 」という事実だけは先に共有してもらったけど、その後をどう進めていくかはこれから決めなきゃいけない。それが固まるまでは情報を外に出さず、それぞれのクライアントとはいつも通り接してくれというお達しでした

その期間は結構あったんですか?

2ヶ月ぐらいあったかもしれないですね。ZOZOTOWN の人にも言えないので、気持ちとしては本当に重かったです。僕らの中では、会社は右肩上がりで、ブランドへの営業もかけてどんどん増やしていた最中での出来事だったので「 どうして、こんな判断になるんだ 」と、ただただ困惑している状態でした。売上も上がっていて、ブランドさんも喜んできていて、これから機能面もどんどん拡充していきましょうというところだったのに「 どうして? 」という

最終的にはどうやって収まっていったのですか?

最終的には前澤さんからの直接の説明だったと思います。前澤さんとしては、ZOZO 本体と STC が一緒に歩んでいけたら良かったけど、STC が手がける 自社 EC の変化のスピードが著しいので、自社のサービスである ZOZOTOWN にみんなでリソースを集中させていこうという意向でしたね

変な言い方ですけど、他社の売上を伸ばすためではなく、自分たちの本業を伸ばすために全力投球してよ、という話ですよね。ボクも自社サービスを手がける前は EC 支援をやっていたのですが、自社サービスを持つようになると、どうしてもそっちの方が可愛くなる。経営者視点で言うと、前澤さんの判断はごもっともですね

まさにおっしゃる通りで。僕も今、自分でサービスをやっていると、当時の社長の気持ちが理解できるようになりました。1プレイヤーのままだと気づかない部分というのが、自分で会社を経営するようになると見えてくる。あのときの STC の解散という判断も、今となっては答え合わせができたというか、すごく腑に落ちているんですよね。ただ、当時は到底納得できなくて、社長の意向は絶対なので、しょうがなく理解したというのが本心でした。ブランドさんにも本当にたくさん頭を下げましたし

ボクら( デュラス )も STC にリプレイスしてまだ1年でした ( 笑 )

リプレイスするとなると、インフラ面でも資金面でも新たにコストが発生するところがあるので、クライアントにとっては本当に大変なことだったと思います。そこが一番心苦しかったですね。みんな、クライアントさんと二人三脚でやってきていましたから

ちなみに嶋袋さん個人としては ZOZO 本体に戻るという選択肢はなかったのですか?

実は STC の解散が決まる前から独立しようというスタンスだったんです。元 ZOZO の方と一緒に会社を立ち上げる準備をしていたので、会社を辞めるならこのタイミングがベストだなと思って。なので ZOZO に戻るという選択肢は最初からなかったです

じゃあ、STC の解散が決まったのとタイミングが重なったんですね

そうなんです。そしてリプレイスのお手伝いやクローズのお手伝いをして辞めたという感じですね

ちなみに残ったメンバーの皆さんは?

辞めた人ももちろんいたんですけど ZOZOTOWN の運用チームになったり、営業チームに行ったりと、それぞれの得意なスキルに合わせて配置を決めて、各チームにジョインしていくという感じでした。メンバーにとってみれば、毎日が戦いだった日々から一転して、少しゆっくりできる時間になったかもしれないですね

一方で、STC が今も続いていたらどうなっていたんだろう、というのは気になるところですね

僕もそれはすごく思いますね。もしも、あそこから3年、5年と続いていたら、確実に売上は上がっていたと思います

この後のアパレル EC の流れを見ると、各ブランドが自社でナレッジを蓄積していったことで、フルフィルメントでなくても自社で EC 運営できるようになっていきますよね。その過程で STC が終了していなければ、おそらくほとんどのアパレルブランドは STC に残り続けて、アパレル EC プラットフォームの覇権を握っていたのでしょうね

そうですね。本当に面白い時代でしたし、あの頃の経験がなければ今の自分はないとも思っています

本日は当時を知る人にしか語れないリアルな話を聞かせていただき、ありがとうございました!
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